2014年8月30日土曜日

ミラノの思い出 (5)

長生きをすると、見つけない光景を目に出来ることがある。

自分が保持している書類鞄の中に他人の手が手首まで入り、中にあった財布をつかんでまさに取り出しかけている様などは、しかし何人の人が一生の内に見ることができることだろうか。

「あーっつ!!」
私は叫んで、書類鞄を両手で抱え込んだ。左にいたジプシー女は慌てて手を引っ込めた。家人によればその女は首から長いスカーフをたらして、その端で書類鞄を覆って仕事にかかっていたという。

三人は、脱兎のごとく近くのドアからホームに逃げ出した。鞄を保全した私は、ほっとして追おうとまではしなかった。しかし念のために中を改めた私はもう一度叫んでしまった。
「パスポート、パスポートがぁっ!!」

「追いかけるのよ!」
家人が私に叫んだ、、、

(この項 続く)